喫茶無窮おやじ 宮城岩手内陸地震に遭遇す
自分は丁度仕事が入って栗駒山に行けないで難を逃れましたが、
職場の人中で栗駒山に登山へと向かって宮城岩手内陸地震直下に遭遇した
人達がいました。
その人達の一人に自分のブログに取材に応じくれた人の体験談を公開します.。
今年初めての山行。前日よりわくわくしていた。早朝6時30分、N君と元気良く栗駒山に向かう。8時頃登時温泉入り口付近の赤橋以前K君がここから眺める山容がいいですよと成程良い様だ。今まで見過ごしていたが真湯温泉を過ぎるとそこからはつづらおりの道の続く。30分もあれば栗駒山登山口り登山口だ。
8時45分ごろ、オーレンバス停を過ぎ数分走ると突然車ががたつく。何事かと思うとN君必死でハンドルをにぎっている。下から突き上げて来る。車は中央線を越えガケの方に寄っていく。N君山側どうにか車を寄せたが、今度はポロポロ落石が始まった。あわてて、林に近い安全な場所を数十秒探し停車。まずはホット留息。前方の車2台も停車。先の車の前はキレツが入っている。その数分後に6台の車がやっとここまで戻って来たという。下に降りられないかどうかみると道路は寸断され車を降りて下山するしかない。



10時30分、10人で下山開始。
今上ってきた道はずたずた。数十秒前に通ったところはキレツが走り又段差も生じていた。
20分位下っていくと群馬よりバスで来た40名の団体と合う。地元のガイドの人が道路が崩落したので須川温泉まで4時間かけてとって援助を待つという。我々は真湯の方が近いので下山決行。

11:37 たまたま偶然いたガイドが言っていた通り全く道がない。
盛岡からまたベテラン登山家S氏、山を越えの先頭に立った。
そして我々を直線側に安全に誘導してくれた。



午後1:20分ごろ、真湯山山荘に着く。山荘はガラスが散乱して無残な姿だ。
そのうちん1時50分頃、パトロールの方が来て全員軽トラックに乗せられ、「いちのせき健康の森」避難所に。
そこには80名くらいの真湯山荘、温泉の宿泊者で、従業員、キャプに来た人が居た。逃げるさりんガラスで顔を切った人もいた。
2:40 防災ヘリ到着。今日の日程説明するが、本日中に帰れるかどうか判らない旨話され、全員落胆した。
3:00 いちのせき健康の森所有の説明あり。
今日中に下の「本寺小学校避難所」に全員搬送される。
老人怪我人子供優先で、ここより5分位下のヘリが安全に飛べるグランドにマイクロバスで5名くらいずつ移送する。
ヘリは、自衛隊、海上保安庁、防災ヘリで活ける。
その後3:10分位から順にヘリにて搬送が始まった。
我々は午後4:50頃バスで移送され5:20分自衛隊のヘリで「本寺小学校避難所」に搬送された。

到着後住所氏名等を記入させられ避難所の中に入っていく。救助隊の方々がせわしく応対していた。
毛布とパンとお茶が渡され、おもいきりペットボトルのふたを開けゴクリと飲む。”ウマイ”
やっと安心したせいか、味が感じられた。
6時30分頃避難所より知人の車で帰る。
無事に我家に着き、テレビのニュースを見るとなんと悲惨な光景か。我々も20秒前に通ったところが崩れていたのだから改めてゾッーとした。
後日、救助に尽力されてる大勢の方々には感謝の気持ちでいっぱいと成った。不幸にも死亡された人、怪我をされた方には本当に心が痛む。
取り残された方々にも一日も早く救援していただきたい。
それから迅速な国をはじめ県、自治体の対応は多くの方のボランティア、助け合いの中で貴重な体験が出来た。
一層強く明日には何か人のためになることをひとつでもしようと思わされた出来事だった。
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職場の人中で栗駒山に登山へと向かって宮城岩手内陸地震直下に遭遇した
人達がいました。
その人達の一人に自分のブログに取材に応じくれた人の体験談を公開します.。
今年初めての山行。前日よりわくわくしていた。早朝6時30分、N君と元気良く栗駒山に向かう。8時頃登時温泉入り口付近の赤橋以前K君がここから眺める山容がいいですよと成程良い様だ。今まで見過ごしていたが真湯温泉を過ぎるとそこからはつづらおりの道の続く。30分もあれば栗駒山登山口り登山口だ。
8時45分ごろ、オーレンバス停を過ぎ数分走ると突然車ががたつく。何事かと思うとN君必死でハンドルをにぎっている。下から突き上げて来る。車は中央線を越えガケの方に寄っていく。N君山側どうにか車を寄せたが、今度はポロポロ落石が始まった。あわてて、林に近い安全な場所を数十秒探し停車。まずはホット留息。前方の車2台も停車。先の車の前はキレツが入っている。その数分後に6台の車がやっとここまで戻って来たという。下に降りられないかどうかみると道路は寸断され車を降りて下山するしかない。



10時30分、10人で下山開始。
今上ってきた道はずたずた。数十秒前に通ったところはキレツが走り又段差も生じていた。
20分位下っていくと群馬よりバスで来た40名の団体と合う。地元のガイドの人が道路が崩落したので須川温泉まで4時間かけてとって援助を待つという。我々は真湯の方が近いので下山決行。

11:37 たまたま偶然いたガイドが言っていた通り全く道がない。
盛岡からまたベテラン登山家S氏、山を越えの先頭に立った。
そして我々を直線側に安全に誘導してくれた。



午後1:20分ごろ、真湯山山荘に着く。山荘はガラスが散乱して無残な姿だ。
そのうちん1時50分頃、パトロールの方が来て全員軽トラックに乗せられ、「いちのせき健康の森」避難所に。
そこには80名くらいの真湯山荘、温泉の宿泊者で、従業員、キャプに来た人が居た。逃げるさりんガラスで顔を切った人もいた。
2:40 防災ヘリ到着。今日の日程説明するが、本日中に帰れるかどうか判らない旨話され、全員落胆した。
3:00 いちのせき健康の森所有の説明あり。
今日中に下の「本寺小学校避難所」に全員搬送される。
老人怪我人子供優先で、ここより5分位下のヘリが安全に飛べるグランドにマイクロバスで5名くらいずつ移送する。
ヘリは、自衛隊、海上保安庁、防災ヘリで活ける。
その後3:10分位から順にヘリにて搬送が始まった。
我々は午後4:50頃バスで移送され5:20分自衛隊のヘリで「本寺小学校避難所」に搬送された。

到着後住所氏名等を記入させられ避難所の中に入っていく。救助隊の方々がせわしく応対していた。
毛布とパンとお茶が渡され、おもいきりペットボトルのふたを開けゴクリと飲む。”ウマイ”
やっと安心したせいか、味が感じられた。
6時30分頃避難所より知人の車で帰る。
無事に我家に着き、テレビのニュースを見るとなんと悲惨な光景か。我々も20秒前に通ったところが崩れていたのだから改めてゾッーとした。
後日、救助に尽力されてる大勢の方々には感謝の気持ちでいっぱいと成った。不幸にも死亡された人、怪我をされた方には本当に心が痛む。
取り残された方々にも一日も早く救援していただきたい。
それから迅速な国をはじめ県、自治体の対応は多くの方のボランティア、助け合いの中で貴重な体験が出来た。
一層強く明日には何か人のためになることをひとつでもしようと思わされた出来事だった。
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車、跳ね上がる 登山、温泉客を襲う
この夫婦は趣味の登山を楽しもう−と、同日午前6時ごろ、車で自宅を出発。同8時過ぎに山麓のイワカガミ平駐車場に到着し、車外で登山の準備をしていた。
その時突然、突き上げられるような縦揺れに襲われた。車は何度も跳ね上がり、アスファルトは波を打った。「今まで体験したことのない大きな揺れ」が1分以上続いたという。
道路は寸d難され、携帯電話は通じなくなった。男性を含む3人が、4キロほど下ったところにある宿泊施設「いこいの村栗駒」に徒歩で向かった。
余震が何度も起き、危険な状況は続いていた。朝、車で登ってきた道路が、あちこちで流出したり、大量の土砂で覆われるなど一変していた。
崩れ落ちた道路を迂回したり、登山用の杖で体を支えたりして、林の中や土砂の上をとにかく進んだ。「あと20分くらい遅く着いていたら巻き込まれていた。ぞっとした」と語る。
飛んできたヘリに大きく手を振った。気づいたヘリに駐車場を指差して救助を求めた。
その後、登山客らは駐車場から花山ダム付近まで順次ヘリで運ばれた。この男性が救助されたのは地震発生から約5時間後だった。
「災害時には知識や体力、気力、冷静な判断力が必要だと痛感した」と動揺を隠し切れない様子で話した。
この記事はいわかがみ平方面
体験談は、須賀川方面です。
追記もう一人の方の話
宮城岩手内陸地震直下遭遇してまず頭に有ったのは、宮城沖地震が起きたのでは、
車に戻りラジオをつけるところが震源地にごく近いと知り携帯電話で家族に電話、
携帯電話では連絡くがつかず逆に気仙沼からメール(生きていますか)メール、
が有り家族ですよねー
(気仙沼でも携帯午前中は使えませんでした)
時間経過で10秒か20秒の差で助かった。
まさに運不運。
秋葉原の事件災害事故何時何処で遭遇するか解りません。
地震で無く成ったがたにご冥福を申し上げます。
今でも余震があるようです。地震関係のブログ更新している時すでに3回ありました。
災害事故事件何時どこで会うか判りません。人事ではないですね。
ブログをとうして取材に協力してくれた人に感謝申し上げします。
車、跳ね上がる 登山、温泉客を襲う
この夫婦は趣味の登山を楽しもう−と、同日午前6時ごろ、車で自宅を出発。同8時過ぎに山麓のイワカガミ平駐車場に到着し、車外で登山の準備をしていた。
その時突然、突き上げられるような縦揺れに襲われた。車は何度も跳ね上がり、アスファルトは波を打った。「今まで体験したことのない大きな揺れ」が1分以上続いたという。
道路は寸d難され、携帯電話は通じなくなった。男性を含む3人が、4キロほど下ったところにある宿泊施設「いこいの村栗駒」に徒歩で向かった。
余震が何度も起き、危険な状況は続いていた。朝、車で登ってきた道路が、あちこちで流出したり、大量の土砂で覆われるなど一変していた。
崩れ落ちた道路を迂回したり、登山用の杖で体を支えたりして、林の中や土砂の上をとにかく進んだ。「あと20分くらい遅く着いていたら巻き込まれていた。ぞっとした」と語る。
飛んできたヘリに大きく手を振った。気づいたヘリに駐車場を指差して救助を求めた。
その後、登山客らは駐車場から花山ダム付近まで順次ヘリで運ばれた。この男性が救助されたのは地震発生から約5時間後だった。
「災害時には知識や体力、気力、冷静な判断力が必要だと痛感した」と動揺を隠し切れない様子で話した。
この記事はいわかがみ平方面
体験談は、須賀川方面です。
追記もう一人の方の話
宮城岩手内陸地震直下遭遇してまず頭に有ったのは、宮城沖地震が起きたのでは、
車に戻りラジオをつけるところが震源地にごく近いと知り携帯電話で家族に電話、
携帯電話では連絡くがつかず逆に気仙沼からメール(生きていますか)メール、
が有り家族ですよねー
(気仙沼でも携帯午前中は使えませんでした)
時間経過で10秒か20秒の差で助かった。
まさに運不運。
秋葉原の事件災害事故何時何処で遭遇するか解りません。
地震で無く成ったがたにご冥福を申し上げます。
今でも余震があるようです。地震関係のブログ更新している時すでに3回ありました。
災害事故事件何時どこで会うか判りません。人事ではないですね。
ブログをとうして取材に協力してくれた人に感謝申し上げします。
comment
こんなにひどい状況だったのですね。
かなり規模の大きい地震だったということですが、
山が二つに割れたとか、道路が裂けたとか、
考えただけで恐ろしいです。。。
被災された方々は、しばらく大変だと思いますが、
一日も早い復旧をお祈りします。
かなり規模の大きい地震だったということですが、
山が二つに割れたとか、道路が裂けたとか、
考えただけで恐ろしいです。。。
被災された方々は、しばらく大変だと思いますが、
一日も早い復旧をお祈りします。
被災状況がはっきりしてくるにつれ災害の凄さが判りましたが、こういう被災をされた方も居たんですねぇ〜・・・
渓流釣りの方も行方不明になっているとか・・・
友人の方も無事下山出来て良かったですね!!!
渓流釣りの方も行方不明になっているとか・・・
友人の方も無事下山出来て良かったですね!!!
初めまして。
地震に遭遇された方の 実話と写真 すざましい状態ですね。
震度6強とは こんな状態になってしまうのですね。
不明者の方 早く見つかるといいですね。
地震に遭遇された方の 実話と写真 すざましい状態ですね。
震度6強とは こんな状態になってしまうのですね。
不明者の方 早く見つかるといいですね。


